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ハワイの歴史1

前々項でハワイ諸島の成り立ちはお話しましたが、ハワイ諸島はどのように発見されたのでしょうか。


ハワイの人々の祖先はポリネシア人と言われています。
海洋民族であるポリネシア人たちは星を利用した航海術であるスターナビゲーションを使って航海をしていました。
スターナビゲーションとは北極星や南十字星から方角を知り、風や潮の流れ、雲や月などを観測し、島から島へと旅をする技法です。

紀元500年頃にはタヒチを中心とするソシエテ諸島やマルケサス諸島から最初のポリネシア人がハワイに渡ったと考えられています。
そして紀元1000年から1300年頃には多くのポリネシア人がハワイに移住してきました。
4000kmもの長い距離をスターナビゲーションの技法を駆使してカヌーに乗ってやってきたのです。

発見されていない島があるかもわからないのに、何日もかけてやってきたのです。
渡り鳥がやってくる方向に島があると信じて・・・。


ただこの当時はまだマウイ島やハワイ島では大規模な火山活動があり、遠くからでも火柱や噴煙が確認できたのかもしれません。

タヒチから移り住んだウルとナナウルという二人の王子がハワイに最初の王朝を作り上げたと言われています。


その後、多くの王によりハワイは支配されますが、西洋から近代的な武器と戦術を手に入れた
カメハメハが1810年にハワイを完全に統一することになります。

西洋文化との接触はイギリス人のジェームス・クックが最初といわれています。
1778年にカウアイ島のワイメアに上陸。クックは発見した島々にサンドイッチ諸島と命名しました。
翌年、ハワイ島のケアラケクア湾で殺害されてしまうが、こののち徐々に西洋との関係が築かれていきました。

日本とハワイの結びつきは1868年(明治元年)、サトウキビ農園で働くために153名の日本人がハワイに渡っています。
この最初の移民は元年者と呼ばれ、その後の日本人社会の礎を築き上げた人々です。
その後、1924年の排日移民法が成立するまで、多くの日本人がハワイに渡りました。

ハワイの歴史2

前項では「ハワイの発見」についてお話しました。今回は「ハワイの発展」についてお話します。

私たち日本人に馴染みがあるハワイの人物といったら「カメハメハ大王」ですよね。

(歌でもお馴染みの・・・)


つい200年前までのハワイは部族間の抗争が激しい戦国時代でした。
太平洋の孤島で西洋文化からも遠く離れた、原始的なハワイを大砲などの近代的な兵器を用いて初めて統一したのがカメハメハ大王でした。
まるで鉄砲を用いて天下を統一した織田信長のような存在です。

ハワイ島出身のカメハメハは早くからイギリス人のジェームス・クックから近代的な戦術と武器を手に入れていました。
その圧倒的な破壊力でマウイ島、オアフ島を征服し、1795年、カメハメハはハワイ王朝の樹立を宣言します。


その後、数回にわたる攻撃でカウアイ島を征服し、1810年、ハワイ諸島を完全に統一することになりました。

1819年にカメハメハ大王が亡くなると、息子のリホリホが王位を継ぎ、カメハメハ2世となります。
そして西洋からは多くのキリスト教宣教師たちがハワイにやって来るようになり、いつしかハワイ王朝の重要なポストを白人達が占めるようになっていきました。

カメハメハ3世の時代には立憲君主制に基づくハワイ憲法を発布、また義務教育を実施し、近代的に発展をしていきました。
1845年には首都を捕鯨基地として栄えたマウイ島のラハイナから、オアフ島のホノルルに移します。

1872年、カメハメハ5世が独身のまま亡くなり、カメハメハの血筋が途絶えることになり、選挙で選ばれたウィリアム・ルナリロが6代目の王となります。


翌年には日本と結びつきが強いカラカウアが王位を継承するも、白人達の影響力が増大し、しだいに王としての力を失っていきます。

カラカウアがサンフランシスコで亡くなると妹のリリ・ウオカラニがハワイ王朝最後の女王となります。
リリ・ウオカラニは「アロハ・オエ」の作曲者としても有名ですよね。
彼女は王政の復活を目指しますが、アメリカ人実業家達の反発を受け、1894年、サンフォード・ドールを大統領とするハワイ共和国が設立されます。


その後、1898年にアメリカ合衆国に併合されてハワイ王朝は姿を消しました。

20世紀に入るとハワイの社会に深く入り込んだ日系人達は、様々な場で活躍することになります。
しかし1924年の排日移民法が成立すると、日本からの移民は認められなくなり、1941年、日本軍がハワイのパール・ハーバーを奇襲攻撃し太平洋戦争が始まると、多くの日本人リーダー達がアメリカ本土の収容所に連行されました。


しかし一般の日系人はハワイ社会に占める割合が大きく、混乱を避けるために連行されることはありませんでした。

しかし、戦争が激しくなるにしたがい、日系人に対しての風当たりも激しくなっていきました。
そんな中で日系2世を中心とした第442連隊が戦火の激しいヨーロッパ戦線で大活躍をします。
彼らの活躍とアメリカへの忠誠心がハワイにおける日系人達の社会的地位の向上に貢献したことは間違いありません。

1959年、ハワイはアメリカ合衆国の50番目の州となります。
同じ年、下院議員に日系人のダニエル・イノウエが選ばれ、1974年にはハワイ州知事にジョージ・アリヨシを輩出し、次第にハワイでの日系人社会の影響力も見直されていきました。

そして、多くの日系人達の活躍により、ハワイは最も親日的で私たち日本人にとって親しみのあるアメリカとなったのです。

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誕生日:1971年6月生まれ
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